お金とは何か?その意味ついて真剣に考えてみる

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お金ほど、扱う人によって表情が変わるものはありません。

ある人にとっては「便利な道具」、ある人にとっては「汚いもの」、またある人にとっては「安心するもの」であり、別のある人にとっては「残酷なもの」で、更に別の人にとっては「愛すべきもの」。

教科書では、「国や地域で価値が保証された決済のための価値交換媒体」と定義され、簡単に言えば「どんなものやサービスでも交換できる便利な券」。

お金とは何か?お金の悩みから解放される方法とは?
「お金を1000万円も貯めたけど、怖くて使えない」 って言う人がいてびっくりしました。 彼女はお金を使うことが罪悪だと感じて...

「道具」でもあるし、「信用」のカタチでもあります。

それにしても、これほど日本人が「お金」に翻弄された時代は未だかつてあったのだろうか?と思っています。

私たちがお金に翻弄されている間に、日本中の良いものが壊され、普通に幸せに生きることがどんどん難しくなっているのではないかとさえ思っております。

30~40年ほど前までの日本の田舎

30~40年ほど前、私の田舎である東北の片隅では「貧乏」や「お金がない」家でもそれほど惨めということはなく、家の畑や田んぼでできた食べ物があるから食べるものに困らず、立派でなくとも雨風をしのげる家がありました。

3世代、4世代家族が多く、お年寄りは、大事にされて暮らしていました。

住宅ローンや老後貧乏で悩む必要はなく、子どもが大学まで進むのでなければ、教育費が負担になることもありませんでした。

もちろん、田舎の暮らしは良いところばかりではありません。血縁・地縁でつながる距離感のない人間関係は、うっとうしく感じることも多く、他人の目、世間体を気にしすぎる生活は息苦しく、若い人たちは「田舎には働く場所がない」のを理由にどんどん外に出て行ってしまいました。

「働く」という意味

「働く」という意味が「お金を稼ぐ」という意味に変わったのはいつの頃だったのか?と思うことがあります。

なぜなら、私がものごころついた頃、「働く」や「稼ぐ」は、田んぼや畑の仕事することだったり、家の中の仕事をすることだったからです。(遙か遠い昔・・・)

祖母が「稼いでくるから」と言って、もんぺ姿にほっかぶりで鍬を持って出かけるのが私の原体験にある「働く」や「稼ぐ」の意味でした。
春先に、祖母が味噌を作るのも「働く」でしたし、家事をするのも「働く」でした。

「暮らし」の全てが「稼ぐ」や「働く」だったのかも知れません。

それが、いつの間にか「稼ぐ」ことや「働く」ことは、「お金を得る」ことに変わり、お金を稼がない人はどんどん立場がなくなっていきました。

専業主婦はお金を稼がないから社会の厄介者のような存在になっています。

*「専業主婦は2億円損をする」(橘玲著、マガジンハウス)

専業主婦は2億円損をする、お金よりももったいない損失とは?
橘玲さんの「専業主婦は2億円損をする」話題になっていますね。 アマゾンなどのレビューも賛否両論、意見が真っ二つに分かれています。 専業主...

家事しすぎるのがダメだという本を出版されたり。。。

*「「家事のしすぎ」が日本を滅ぼす」(佐光紀子著、光文社新書)

「稼ぐ」こと「働く」ことが経済活動への参加(会社勤め)であり、経済活動への参加が最優先されるようになってしまっているのです。

例えば、家の中がどんなに散らかっていても、お掃除の会社で仕事をしている人は、他人の家をキレイにすることを最優先にして自分の家はほったらかしだったり、自分の生活は二の次、三の次で、何年間も掃除していないゴミ屋敷に住みながら、看護師として他人のために一生懸命働く。

こういう生き方のほうが認められているのです。

これってちょっとおかしくないですか??

お金を稼ぐとは?

お金を稼ぐというのもちょっとおかしいと思うことってあります。

「価値あるモノやサービスを提供してお金が入る」
とか
「感謝されればお金を得る」
とか言われています。

世の中の役に立っていればお金が入るのか?と言われればそうでもありません。

例えば、金融業界などでは、お客さんを損させるような商品でも会社にとって利益が大きければ会社から評価されてお給料もたくさん入るようになります。

また、「お金をもらうことに抵抗がある人は、他人から愛をもらうことに抵抗がある人」だと言われて、確かにそうかも知れないと思うこともあります。

しかし、つまらない石ころを「宝石」だと言って高額で販売することに成功しても、私はさっぱり嬉しくありません。お金を出してもらった人に申し訳ないとすら思ってしまいます。

こういう私のような考え方を「貧乏マインド」と言う人もいます。

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ルールの知らないゲームに参加

お金について基本的なルールも知らずに、私たちは社会に放り出されてマネーゲームに参加しています。

リボ払いや利子について熟知して社会人になる学生は何%くらいいるのでしょうか?

ほとんどいないと思います。

社会科の時間にでも、その知識を叩き込まれれば、奨学金を有利子で借りてまで進学する重さを真剣に考えるでしょう。

また、お金の考え方については、親の考え方や価値観がそのまま反映されます。
つまり、貧乏な親の元で育った子どもは貧乏に、お金持ちの親の元で育った子どもは金持ちになるようです。

貧乏な親の元に育つのか、金持ちの親の元に育つのかが、その子どもの将来を決めると言っても言い過ぎではありません。

貧乏人と金持ちとの差はこれからどんどん広がって行くでしょう。

元々日本人のほとんどは、最近までお金を持っていませんでしたから、その多くは貧乏になる考え方をしているようです。

負け続けるゲームに、素手で挑んでいるのです。

お金と幸せ

日本人は貧乏でも幸せだった時代がありました。

それは、住む家があり、食べ物に困らず、どんな状況になっても支え合える家族があったから。

清貧と言う言葉もあるように、貧乏は美しく気高い意味でもありました。

しかし、今の貧乏は悲惨で残酷です。住む家もなく、満足に食べるモノもなく、孤独です。

「貧乏=地獄」と言っても良いかも知れません

だからと言って、お金をたくさん持っていれば幸せなのか?と言われれば、お金の多い少ないは、幸せとはあまり関係ありません。

いくつになってもどんな状況になっても「必要とされるスキル」を持っていれば、収入の流れが途絶えることがなく、生きがいと自信を持って生活できます。

「必要とされるスキル」がなくとも、何らかのカタチで収入の流れが途絶えず、支え合える人が周りにいれば、それほどたくさんお金を持っていなくとも幸せです。

「幸せになる勇気」の一節にもありましたが、誰かに必要とされる存在であれば、究極的にはお金が無くても「幸せ」なのです。

でも、周りの大事な人たちに迷惑をかけず、自由になるならば、やはりお金はあったほうが良いのかもしれません。

お金と伝統文化

つまるところ、日本人は「お金」と「経済活動」によって、昔ながらの「暮らし」を、非効率であると否定されて突き進んできたのかも知れません。

日本の良いところをそぎ落として、「経済大国」という冠を得ました。しかし、今や日本を「経済大国」と言う人はほとんどいません。

その冠は、中国やインドに奪われています。
それでも「強い日本を再び・・・」と悲願している人もたくさんいると思います。

しかし、果てしなく豊かになる夢を見せられながら、自分の時間や周りの人たちとのパートナーシップを犠牲にして頑張って繁栄することを願っていますか?

ほとんどの人はそんなことよりも、自分の時間や身近な人とのパートナーシップを優先したいのではないでしょうか?

お金と暮らすテーマ

そういうささやかな願いを実現するため、

  • 今あるシステムのなかで、お金と上手につきあう
  • 少ない収入で価値の高い暮らしをする
  • お金を増やすことを真剣に考える
  • そのための手段を実証&検証して紹介する
  • 日本の良いものや考え方、精神を掘り起こして伝承する

なとの情報をお届けしたいと考えております。

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